INTRODUCTION
明治42年(1909年)6月19日生まれの太宰治が今年2022年には生誕113年を迎える。38歳の若さでこの世を去った不世出の天才作家は、数々の傑作小説や流麗な文体で知られるだけでなく、複数回の自殺未遂や薬物中毒、そして謎の死に至るまで、破滅型のドラマチックな本人のキャラクターにも注目が集まり、大型書店では太宰治コーナーが続々と設置され、映像や映画業界でも既に数本の企画が準備されている。さらにアニメ「文豪ストレイドッグス」では太宰本人を反映させたキャラクターが主人公の一人として登場するなど、時代を超えて再評価の機運がますます高まっている。 「すぐれた芸術家は、すべて運命の子であると同時に時代の子である」の言葉通り、戦後あっという間に売れっ子になった太宰は文壇では悪評高き札つき、スキャンダルまみれの中「人を喜ばせるのが、何よりも大好きな性格」から溢れるユーモアで読者へのサービスを与え続け傑作を矢継ぎ早に放っていった。その太宰文学の中でとりわけ大きく花ひらき、ベストセラーとなった小説が「斜陽」である。その「斜陽」が生まれてから75年の歳月が流れようとしている。 「人間は恋と革命の為に生まれて来たのだ」女主人公のこの結論は、世俗に必死に抗議する〈詩人・太宰〉の姿でもある。古い道徳とどこまでも争い〈太陽のように生きる〉道ならぬ恋に突き進んでいく27歳のかず子。最後の貴婦人の誇りをもちながら結核で死んでいく母。体に流れる貴族の血に抗いながら、麻薬と酒に逃げ、破滅していく太宰を連想せずにはいられない弟。そしてより強く太宰自身を投影した無頼な生活を続ける売れっ子作家上原。
終戦直後の荒れ果てた東京・本郷の屋敷は人手に渡り、再出発を願う一家が移り住んだ西伊豆の別荘を舞台に物語が大きく動く。四人、それぞれの美しさの中で生き抜いた姿は多くの人々の心を打ちベストセラーになった。
青森の富裕な大地主の10男として産まれ、〈奔放〉とも〈無頼〉とも〈破滅〉とも評される太宰治の生き様を様々な登場人物に投影させた小説「斜陽」は、戦争に敗れ、それまでの生活や価値観が大きく変わらざるを得なかった時代を背景に描かれている。様々な政治不安や不況、そしてなにより生活や人間関係を一変させたコロナ禍の下の現代で、映画『鳩のごとく 蛇のごとく 斜陽』は、旧来の価値観と抗い、自らの真情を貫くヒロインを描くことで、やがて来るであろう明日への希望を謳い上げている。
主演のかず子役には、若手成長株ナンバーワンの美貌と演技力で将来性を高く評価されている宮本茉由。かず子の年の離れた恋の相手、作家上原二郎=インテリジェンスとデカダンを演じ分ける難役に挑むのは、『キッズ・リターン』(96)で映画賞を総なめにした安藤政信。戦争で没落した貴族の一家の女当主でありながら、その誇りを忘れない〝最後の貴婦人〟と称されるかず子の母親役には時代劇から現代劇まで幅広く活躍する水野真紀。アイデンティティーを確立できず破滅へと歩を進める弟、直治には「仮面ライダージオウ」の奥野壮。さらに柄本明、萬田久子、田中健、細川直美、春風亭昇太ら演技派、実力派の面々が脇を固める。
監督には『ふみ子の海』(07)の近藤明男。吉村公三郎、増村保造、市川崑ら映画史に残る巨匠の作品を助監督として支えてきた同監督が、増村保造監督と脚本家の白坂依志夫が遺した脚本を基に脚本を再構築、本作のメガホンを執った。
STORY
太平洋戦争が終わった昭和20年、没落貴族となった上、当主である父を失ったかず子とその母、都貴子は困窮してゆく生活の為に東京西片町の実家を売って西伊豆で暮らすことになった。もと子爵の別荘を世話してくれた叔父の和田は引越し疲れと心労で倒れた母とかず子に僅かなお金を手渡し、東京へ帰ってしまう。地下足袋、もんぺ姿になったかず子は隣の農夫茂助から畑仕事を教えてもらい、これからの新しい生活を始めるのだった。
一方、南国の戦地に赴いたまま行方不明となっていた、弟の直治が生きており帰国するとの知らせが入ると、母は家族が三人になればさらに生活が苦しくなるので、かず子に「再婚相手を探しているような歳の離れた資産家に嫁いだらどうか」と話す。激しい口論の末、激怒したかず子は「鳩のごとく素直に、蛇のごとく慧かれ」というイエスの言葉とともに6年前の出来事を思い出す。
まだ学生だった直治が師匠と仰ぐ、中年作家、上原二郎との出会いである。 直治を麻薬中毒から救うために酒飲みに転向させるとかず子を安心させ、酒に誘ったかず子を突然抱きしめ二重廻しの中で強引に接吻する上原に不意をつかれたかず子は身を固くしたまま受け入れた。一夜の恋心の目覚めであった。
そして半年後、戦闘帽と軍服姿で帰国した直治は、優しい母から小遣いをせびり東京の上原の元へと早々と別荘から出かけてしまう。直治からいろいろ話を聞くことを楽しみにしている母の為にも、弟の荒れた生活を止めさせる為にもかず子は東京へ向かう。焼け野原となった街を満員電車に揺られ、狂気じみたエネルギー溢れる闇市を抜け、上原が毎夜のように取り巻きの弟子たちと派手に飲みまくる西荻窪の飲み屋「千鳥」にやっとの思いでたどり着く。6年振りにかず子が見た売れっ子作家上原には頭に白いものが混じり、別人のように疲れきっていた。
入口に立ち尽くすかず子に気づいた上原は、直治を強引に伊豆に帰し、友人の画家のアトリエの二階に二人きりの一夜の宿を借りる。6年前の上原との出会いが甦るかず子の前に下のアトリエで一人酒を飲んでいた上原が現れ、素早くかず子を抱き締める。
「畜生、しくじった惚れちゃったよ、俺」 「好きよ、大好き」
歓びに身を固くしながらも全てをまかせるかず子。その裸身がまるで蛇のようにゆるやかにうごめく…。
2022年/日本/109分/G
監督:近藤明男
出演:宮本茉由/安藤政信/水野真紀/奥野壮/他
配給:彩プロ
上映場所 | ホールソレイユ(4F) |
上映期間 | 12/9(金)~12/22(木) |
12/9(金)~12/15(木) | ①11:35 ②18:00 |
12/16(金)~12/22(木) | ①9:30 |
(C)2022「鳩のごとく 蛇のごとく」製作委員会