ソレイユ今昔物語

創業当時の大映

創業当時の大映

当社は昭和20年、現在の高松市亀井町の場所において『高松大映劇場』という館名で邦画の封切館として開業した。敗戦による物資の欠乏により映画館はバラックの掘建て小屋で、私の父が毎日三豊郡の詫間町から通っていたが、 高松駅を降りると周辺が焼け野原のため(高松は米軍のB-29の空襲をうけ殆ど焼失した。)高松駅から当館が見えたという。

掘建て小屋なので、雨が降れば激しい雨漏りのため傘をさして映画を見る有様だが(笑)、 敗戦のすさんだ状況下、娯楽に飢えていた観衆で連日大入り満員だったという。

戦後すぐの片原町

戦後すぐの片原町

トキワ街や南新町の商店街もまだ戦後の闇市で、当館のすぐ横のビルには進駐軍の事務所があったため当時の流線型の“シボレー”が停めてあり、あまりのすばらしさに朝から晩までため息をつきながら眺めていた。 将来大人になったら、絶対“シボレー”に乗るんだ・・・と心に誓いながら・・・。

その後、映画業界は順調に発展したが、昭和39年の東京オリンピックあたりからテレビの普及により急速に業界全体が衰退を始め、邦画大手の「大映」や「日活」が倒産した。

中央通り

中央通り

当社も厳しい状況下、様々な紆余曲折を経て昭和58年に「ソレイユビル」を建設し、現在では[ホール・ソレイユ]ならび[ソレイユ・2]という洋画2館。また同ビル内にて[ライブラリーカフェ・ソレイユ]という喫茶店を経営し、また車でお越しになるお客様の利便性を考え、瓦町で[パーキング・ソレイユ]というタワーパーキングを運営しております。


今や映画はテレビを初め、ビデオや衛星放送などの色々なメディアで放映されていますが、やはり映画館で見ないと十分な感動は伝わらないと思います。我々業界では「映画は映画館で・・・」を合言葉に、良質な作品の提供と快適な映画館の環境作り・ホームページでのより深いコミュニケーション等を目指して日夜がんばっています。

ホームページという新しい情報の伝達ができるようになり、私たちスタッフが香川の映画好きの皆様方にとって、どれだけ喜んで頂くことが出来るか?少しでもご期待に添えるようがんばります。
今後とも、映画業界の発展と当館への絶大なるご支援を賜りますよう、宜しくお願い致します。